皆様こんにちは、島根大学の坂口公太です。

本日より、政策研究大学院大学(GRIPS)での「医療政策短期特別研修」が始まりました。島根で地域医療に携わる臨床医として、日々の診療の背景にある大きな「政策」や「制度」の流れを体系的に学びたいという思いで、この研修への参加を決めました。

初日である今日は、ガイダンスと、全国から集まった多様なバックグラウンドを持つ皆様との自己紹介からスタート。すでにお互いの立場から見える景色の違いに、多くの刺激を受けています。

午後は、島崎謙治先生の講義から、まさに「目から鱗」の連続でした。本日の学びを、今後の思考の整理のために書き留めておきたいと思います。

医療制度を「解剖」する3つの視点

私たちは普段、日本の医療制度を「当たり前」のものとして捉えがちです。しかし、Universal Health Coverage (UHC) を実現する手法は、国によって様々です。講義では、各国の制度を国際比較するための、非常に明快な3つの枠組みが提示されました。

供給体制:医療サービスは誰が提供しているか(民間 or 公的)

財政制度:費用は誰が負担しているか(社会保険 or 租税)

制度設計:国民をどうカバーしているか(国民皆保険など)

この枠組みで日本を見ると、「供給は民間中心」でありながら「財政は公的な社会保険方式」で運営されるという、世界的に見てもユニークな構造であることが分かります。

民間中心の医療を、どう「公」がマネジメントするのか?
ここで浮かぶのが、「なぜ民間がほとんどの医療機関を運営しているのに、国は公的な管理を維持できるのか?」という問いです。臨床現場にいると中々意識しづらいこの問いへの答えが、本日の講義の核心でした。

その鍵は、以下の3つの仕組みにあります。

保険医療機関の指定制度

現物給付

診療報酬

国が「公的保険を扱って良い」というお墨付き(指定)を与えることで、民間医療機関は公的医療の担い手となります。そして、患者へ医療サービスそのものを提供する(現物給付)ことへの「対価」として、国が定めた価格表である「診療報酬」が支払われます。

つまり、診療報酬こそが、民間中心の医療提供体制を、国がコントロールするための最も強力なツールなのです。この一点を理解するだけで、日々の診療報酬改定が持つ政策的な意味の重みが、全く違って見えてきます。

「経路依存性」と、皆保険の「成熟」

もう一つの重要な概念が「経路依存性(Path Dependence)」です。これは、過去の歴史的な経緯や政策選択が、現在の制度のあり方を規定するという考え方です。

日本の医療制度も、この経路依存性を理解することで、その成り立ちが立体的に見えてきます。特に、1961年に「国民皆保険」が達成された後、制度がどのように「成熟」していったのか。講義では、これも3つの軸(X:カバー人口、Y:サービス範囲、Z:給付レベル)で分析されました。

皆保険達成後も、給付期間の制限が撤廃され(Y軸の拡充)、被扶養者の給付率が5割から7割に引き上げられました。そして、1973年には高額療養費制度が創設され(Z軸の拡充)、家計破綻リスクから国民を守るという、制度の質的な大転換が図られたのです。

初日から、自身の足場である医療制度を、構造的・歴史的に捉え直すという知的な刺激に満ちた一日でした。明日からの学びも、大変楽しみです。