先日、2025年6月21日に開催された日本プライマリ・ケア連合学会のシンポジウムに登壇させていただきました。当日の発表内容を、スライドと共にもう少し詳しくご紹介したいと思います。

「辺境」の島根から仕掛ける、未来の医療人育成
「辺境からの挑戦、そして全国へ」 と題した今回の発表では、私が所属する島根大学医学部附属病院 総合診療医センターが中心となって進めている、島根県発の総合診療医養成プロジェクト「NEURAL GP Network」についてお話しさせていただきました 。

なぜ「辺境」の島根からなのか?
発表の冒頭で、私は「なぜ島根から?」という問いを投げかけました 。
島根県は、東西に約230kmと長く、これは東京から静岡間にも相当する地理的な広がりを持っています 。一方で、人口は約66万人で全国46位 、人口密度は97人/km²で全国43位 という、いわゆる「辺境」の地です。
しかし、私たちはこの場所こそが、これからの医療を担うリーダーを育む最高の土壌だと考えています 。課題が山積しているからこそ、それを乗り越えようとする強い意志と実践力が鍛えられる。私たちは「地域を切り捨てない」という強い信念のもと、未来の医療はこの場所から始まると信じて活動しています 。

私たちの挑戦:「公共インフラ」としての総合診療
私たちの「NEURAL GP Network」 が目指すのは、単なる医師のリクルート活動ではありません。医師の育成システムそのものを、地域にとって不可欠な「公共インフラ」として構築するという、新しいリクルート戦略です 。
この取り組みは幸いにも多方面から評価をいただいています。
- グッドデザイン賞受賞(2022年)
- 厚生労働省事業採択(2021年)
- 県の専攻医全体に占める総合診療専攻医の割合(17%)が5年連続で全国1位
- 島根大学から**「優良教育実践」として4年連続表彰**
これらの成果は、私たちのモデルが机上の空論ではなく、着実に地域医療を支える力となっていることの証左だと考えています。

医師は現場で育つ:具体的な育成モデル
私たちの信念は「総合診療医は現場で育つ」ということです 。そのために、高校生の段階から一貫した育成の道筋を描いています 。
- 高校生:医療現場の体験を提供
- 医学生:地域の総合診療医による大学教育や、長期間の地域医療実習を実施
- 研修医:教育的な視点を持った回診(教育回診)を展開
- 専攻医:研究者や指導医(FD)としてのキャリア支援、大学院進学支援、さらにはバーチャルオフィスを活用して地域をまたいだ教育支援も行っています
このように、キャリアの各段階で切れ目のない支援を提供することで、地域に根ざし、成長し続けることができる「Rural Generalist(へき地で活躍する総合医)」を育てています 。

世界の知見を、島根の力に
私たちの取り組みは、決して経験や勘だけに頼っているわけではありません。WHO(世界保健機関)のガイドライン*にも示されているような、世界的な知見を積極的に取り入れています 。
医師が地方で働くことを決断するには、キャリアや教育、経済的な側面、家族や地域との関係など、様々な要因が絡み合います 。私たちは、こうした複雑な要因を理解した上で、「教育」「規制」「インセンティブ」「支援」の4本柱に基づいた、科学的根拠のある(Evidence-Based)人材確保・定着戦略を推進しています 。
希望を繋ぐ文化を、全国へ
この島根で生まれた育成モデルは、すでに広島県、香川県、石川県へと連携が拡大しています 。
私たちの挑戦は、島根という一つの地域に留まりません。この取り組みを通じて、「一緒に希望を繋ぐ文化」を創り出し、全国へと広げていきたい 。発表では、会場の皆さんにそう呼びかけさせていただきました。

これからも、辺境の地から未来の医療を創る挑戦を続けていきます。

*出所:WHO Guidelines on health workforce development, attraction, recruitment and retention in rural and remote areas, 2020