GRIPS研修もいよいよ大詰め。本日は、日本の地域医療が目指すべき未来の姿を、二つの先進的な地域の実践から学ぶ、非常に刺激的な一日となりました。

一つは、山形県庄内地域における、病院再編を核としたトップダウンの機能分化。もう一つは、千葉県松戸市における、医師会が主導するボトムアップの在宅医療ネットワークです。アプローチは違えど、どちらも「地域全体の最適化」という同じ頂を目指す、力強い改革の物語でした。

庄内モデル:「危機感」が生んだトップダウンの病院再編と情報開示

島貫隆夫先生のご講演で示された山形県庄内地域の事例は、まさに「有事」のリーダーシップそのものでした。人口急減という強烈な危機感を背景に、県立と市立の2つの病院を統合・再編し、地方独立行政法人という強力なガバナンス組織を創設 。さらに、地域医療連携推進法人「日本海ヘルスケアネット」を立ち上げ、地域の医療・介護・福祉法人を巻き込んだ「競争より協調」の文化を醸成しました 。

このモデルの成功を決定づけたのが、医療情報ネットワーク「ちょうかいネット」における、基幹病院による医師記録(診療録)の原則全開示という、全国的にも稀な決断です。この圧倒的な情報透明性が、地域の医療機関との間に絶対的な信頼関係を築き、医療MaaSのような革新的なサービスが生まれる土壌となったのです。

松戸モデル:「医師会」が主導するボトムアップの在宅ケア

一方、川越正平先生が会長を務める千葉県松戸市の事例は、全く異なるアプローチを見せてくれました。ここでは、地域の医師会が行政からの委託を受け、在宅医療・介護連携の司令塔となっています 。

松戸市の思想は、「地域を一つの大きな病院と見立てる」こと。在宅で療養する患者一人ひとりに対し、医師、訪問看護師、ケアマネジャー、薬剤師といった多職種が、ICTツール「K-net」上でリアルタイムに情報を交換・共有し、あたかも一つのチームのように動きます 。

ここで共有されるのは、診療録の全てではなく、日々のケアに必要な申し送りやバイタル、写真といった「動的なコミュニケーション情報」です。医師会という、地域の医師たちが最も信頼を置く組織がプラットフォームとなることで、緩やかでありながら強固なボトムアップの連携体制が築かれています。

結論:アプローチは違えど、成功の鍵は同じ

トップダウンの庄内、ボトムアップの松戸。アプローチは対照的ですが、両者に共通する成功の鍵が見えてきました。それは、個々の医療機関の利害を超えて、地域全体の医療を俯瞰し、意思決定を行える強力な「プラットフォーム(司令塔)」が存在することです。庄内ではそれが「地方独立行政法人」であり、松戸では「医師会」でした。

そして、どちらの地域でも、ICTは目的ではなく、あくまで現場の課題を解決し、連携を円滑にするための「ツール」として徹底的に活用されています。

「決まった正解」はなく、それぞれの地域の歴史や文化、危機感に応じて、最適な改革の形を模索していく。私の研究テーマである「へき地の公立病院経営」を考える上でも、この2つの事例から得られた学びは、計り知れないほど大きいものでした。